【齧られたバラード】

【齧られたバラード】

ドゥン〜

トゥンティントンティントゥンティンティントゥンティン・ティーン、、、

♩ドから始まる名曲。

ショパンの「バラード1番」。

おもむろにその譜面は、開かれたまま鍵盤の上に佇む。

フレデリックは生涯において4曲の《バラード》を作曲した。最初の《バラード 第1番》作品23は1831年に作曲され、これによって新しいピアノ音楽ジャンルが切り開かれた。

全然意味がわからない。。

そんな譜面がピアノの鍵盤の上に佇む。

「ガブ。」

「ガブ、ガブ、ガブ、ガブ。」

えっ?

そのひと噛みは、ちょうど昔の駅の改札で、駅員さんが専用のハサミで、いや、それはハサミと言うより、専用の切符切り。

それで、一見流れ作業の様に、連続的におよそ無関心に、パチパチパチパチと切り取ってゆく。

「ちょっと!ヒマ!ダメだよ!譜面を齧ったら!!」

オカメインコの「ヒマワリ🌻」。

ヒマワリは耳が良い。ダメだよ!と言うと、ピタリと動きを止めて、何もしていないフリをする。

そして、なぜか大きく頷く。

そしてまた、譜面を齧る。

専用の切符切りを持つ、駅員さんの様に。ある意味で使命的に。そして無関心に。

いや、だから、齧っちゃダメだって!と言うと、またピタリと動きを止める。

そして、また大きく頷くのだ。

【齧ったのはヒマワリ】

多くの目が、そこに静かに佇むフレデリック・ショパンの最初のバラード1番の譜面を齧ったのは、ヒマワリだと確認している。

なのにヒマワリは、ヒトの注目を浴びるとピタリと動きを止め、その譜面の齧り跡をつぶらな瞳で見つめる。昔から、変わらずにそこにあるものを見る様に。

およそ200年も昔に作られた、そのバラード。場所や時代が変わっても、変わらぬ譜面。世界に多くの言語があり複雑に混じり合う中で、なぜにこの譜面は共通言語として変わらずに有るのだろうか。

譜面には方言の様な地域性を持つクセが生まれたりするのだろうか。オーストリアに起源を持つのであれば、それっぽく語れたかも知れないのに、ヒマワリの、、オカメインコの多くはオーストラリアに生を受ける。

音楽の都と関係のない、ただ音が似ているだけで、たまに勘違いされる。コアラとカンガルーの楽園。オーストラリア。そしてショパンの故郷はポーランド。

繰り返され、奏でつづけられてきたバラード。それに合わせて何度か深く大きく頷くヒマワリ。

その周りには、齧られたバラードの譜面のカケラが、無造作に散らばっている。

【鍵盤と譜面】

譜面が無ければ鍵盤を叩けない。

鍵盤が無ければ譜面は意味をなさない。

名言の様に文字を綴ってみたが、音楽への知識もセンスも無い私の思いつきのフレーズだ。そもそも、鍵盤を叩くと言うのか?鍵盤が無くても譜面は見る人が見れば、大いなる意味を成すのではないか?

それは、私にも、ヒマワリにも分からない。

「齧られたバラード」

ヒマワリは、バラードを齧り続ける。

私はそれを見守る。

「ああ、齧っているな。」と。

鍵盤に齧られた譜面の破片が散らばる。

ヒマワリはたまに満足気に大きく頷いて、また作業に取り掛かる。鳥だけに。トリかかる。

そこにヒマワリがいた事を証明する軌跡として、バラードの譜面にはヒマワリの嘴(クチバシ)の後が残る。

そこに自分が存在した事を示す。

駅員が刻みを入れた切符は、今も思い出として残っている。

ああ,ヒマワリが今日も何かを齧っている。人の名刺を齧る。領収書を齧る。大切な確定申告の書類も齧る。

嗚呼。

「ちょっと!ヒマ!譜面齧ったらダメ!」

そんな風に遠くで聞こえた気がする。

ヒマワリは、また大きく頷く。

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【パン屋の扉はゆっくり閉まる】