【マリンベル】
【マリンベル】
最近「マリンベル」を購入して、お店の壁から、「ぶら下げ」ました。今日は「マリンベル」からお話を始めたいと思います。
「マリンベル」と言う名前も、恥ずかしながら最近まで知らず、とある場所で見た事が、今回の話の切っ掛けになりました。
横浜のバーでは割と有名だと以前お客様から聞いた事がありました。その時の説明では、横浜のバーには、壁にベルが付いている事が良くあり、それを鳴らすと、鳴らした人が周りにご馳走するのが習わしだと。
うーん、、、よく分からない。何故にそんな事をするシステムがあるのか。と、それを聞いた当時は思い、興味もあまり持てなかった事を覚えています。
とある場所で、そのベルを見たら、店主が「マリンベル」と呼ぶのだと教えてくれました。もともとは、船乗りが港についた事を知らせる為にそのベルを鳴らしたのだとか。
それは《古株の帰還》なのか、《新顔の初来航》なのか、いずれにしても、「我此処にあり」を告げる為の鐘の音か。
なるほど、それなら納得がいく。港についた船乗りが、港町のバーに繰り出して、すぐに周りの人達と馴染むなら、盛大に鐘を打ち鳴らして、「今日はおごりだ!」と言う流れになるのは自然な事かも知れない。
【非日常と日常が入れ替わり】
よく私は、バーとは「日常の中の、非日常でありたい。」と思い営んでおります。しかし、このコロナ禍で、『日常が非日常となり、非日常が日常』となりつつあるように思います。
令和3年(2021年)4月25日から5月11日までと言われていた飲食店への酒類提供を中止する要請が、期限を迎える前におおかたの予想通り延長され、5月31日迄とされた今日において、もともと、朝方までお酒と共に賑わっていたバーは、今では非現実のものとなり、元のような日が、戻る事がまるで無いかのような今の日常が、終着する事のない筏(いかだ)の如く漂っています。
せっかく勢いで買った「マリンベル」が鳴ってもも「おごる」何かが、昼間のアイスコーヒーでは物足りない。
大海原に出港した友人が、またこの港を訪れる日を待つように、このベルが優しく乾いた音をたてる日を、ただ想い待つのか。
バーは昔から、決してアルコールに依存してきた訳ではないが、バーには美味いお酒が付き物だった。いい音や、時間を忘れた時間が必要だった。時には飲み過ぎて、朝になってしまう事もあった。
【鐘を鳴らす時が来たら】
「止まない雨は無い」と言うが、止む前に力尽きてしまう事だって、たくさんあるだろう。
コロナが蔓延する世界は、なかなか抜けた先の未来が見えてこない。でも、おかげで私は、かつての人達も色々な疫病に苦しみ、その都度、人類は多くの犠牲を負った先に、新しい未来を作ってきた歴史に触れることが出来た。
コロナの先にある未来が、以前と変わりのない《古株の帰還》とは限らない。《新顔の初来航》が、望むものだとの保証はない。
でも、なる様になるしか無いし、それを変える力を持つ人は少ない。でも希望はみんな持っていたらいいと思う。なる様になるのだから。
私の思う「日常の中にある非日常」としてのバーの定義が変わらなくても、「日常」と「非日常」の定義は変わってしまうかも知れない。
それでもまた、バーに昔からある様に、美味しいお酒と、いい音のある空間で、時間を忘れられる時が来たら、この店で「マリンベル」を鳴らして
「今日はおごりだ」と言う、初めの人に私はなりたい。